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地方が面白くないって誰が言った? 飲食で変わる地方の未来⑥今日まで、そして明日から


この記事は弊社代表・佐藤による時事通信社「地方行政」誌2020年9月14日号への寄稿の記事転載となります。



最終回に当たって

 飲食業を営む僕が、間接的・直接的に地方創生に関わり実践してきたささやかな事例をその根拠となる考え方と共に、これまで5回にわたり綴ってまいりました。
 最終の第6回はまとめとして、経営者として一個人としてコロナ時代の向こうに待ち受ける地方創生への道の在り方、そして同じ時代を生きる同胞への提言を自身の覚悟と共に書かせていただこうと思っています。



コロナに背中を押されたのかもしれない

 現在、全世界を巻き込んだ新型コロナウイルスというミクロな敵との闘いは長期戦となり、人類の社会生活の構造さえ変えざるを得なくなってきています。やむなく寄り添って行くのだと「ウィズコロナ」という表現さえ聞こえてきました。
 そんな2020年は、後の世から振り返るとどんな年として位置付けられるのでしょうか?
 例えば、1918年は第1次世界大戦終戦の年であり、3年にわたることになるスペイン風邪の大流行が始まった年でもあります。戦争の終結と史上最悪の犠牲者を出したといわれる、パンデミック(世界的流行)の始まりの年、つまり平和と災厄のクロスフェード(前の音声を小さくしていきながら次の音声を大きくしていく)の年という認識で大きく外れてはいないでしょう。
 そして2020年は同じくパンデミックの始まりの年であると同時に、次代の人類の生き方を変えたターニングポイントの年という位置付けになるのではないか? という気がしてなりません。
 あそこが大きな節目だったのだと。
 輝く未来を導くためが故の苦しみの年として認識されるか、人類の没落・終末の始まりの年だったと認識されるか、まさしく分水嶺の年となるのではないだろうかと考えています。
 事実、リモートでの勤務スタイルが可能となり、その結果都会のオフィスから人が減り、通勤ラッシュからの解放が進んできたり、副業が可能となるだけではなくむしろ推奨されたり、人と人の距離をとること、つまり人同士が極力触れ合わないようにとでも言いたげな指針が出た結果として、都会を避け田舎暮らしを志向する人が増えたり、オンラインでの教育事業が普及したり、気分的に深夜の行動より朝型の行動になったり、密になりにくいアウトドアレジャーが盛んになったり......。よく考えれば(マクロの見地から見れば)一概に悪い暮らし方とは言えない流れです。もちろん、接客を主とするサービス業にとって(我々飲食事業者は半端ではなく大変なんです‼)この行動様式の変化は大きな混乱を生むでしょうが、何とか乗り越えられれば、むしろこの生き方は人類が目指す次代の本来の生き方に繋がるのでは?と考えられなくもありません。
 そんな暮らし方に向かうべく「コロナが背中を押してくれた」きっかけの年に、2020年はならないでしょうか? イヤ、しなければならないのでは?
 そこまで言うと言い過ぎでしょうか? しかしそう言える時が来るなら、世界中の多くの犠牲となられた方々への哀悼の思いを胸に、我々の今の不自由さ、苦難、繰り返しますが飲食業含むサービス業の半端ではない追い詰められ方も、乗り越えなければならない壁の一つなのだという理解に繋がります。
 また、温暖化による地球環境の悪化やマイクロプラスチックによる海洋汚染、原子力を使いづらい中での電力供給の大変さ、貧富格差の拡大等々、多方面での行き詰まりもコロナ騒動に隠れてしまっているものの、治まっているわけではありません。梅雨の時期の大雨被害を見れば、今年も巨大台風を含む自然災害の脅威から逃げられそうにはありません。ならばいま一度、この進まないコロナ対応に伴う自粛が続く環境の中、あえて立ち止まり、考えてみませんか? 我々自身の生き方を、見詰め直してみませんか?
 これから始まる(始まらざるを得ない)時代を見詰めた上での、「飲食店から始まる地方創生の在り方」を僕は考えています。こんなミクロな敵に負けてよいわけがありませんから。



気配が大事です

 開業日の兵庫県・淡路島のホテルのテラスで第5回(8月31日号)の原稿を書きました。現在、あれから開業1カ月で、ホテルの稼働率(予約率)は95%を超えています。宣伝広告費を潤沢に掛けられるプロジェクトではない中、もちろん政府の「GO TO キャンペーン」が大きく寄与してくれているとはいえ、昨年開業の隣接レストランでさえも来客数が対昨年比で百数十%を超えています。それにしても、この好調さは何を示唆しているのでしょうか? 何かを読み取るべきなのではないでしょうか。
 僕はこう考えます。大都市大阪から車で1時間半、神戸からも40分という「距離」にある淡路島が「何となく今動きだしている」感覚を利用者は敏感に感じ取っているのではないだろうかと。そうなんです、その感覚という気配が大事なのです。そしてこの気配こそ、ライフスタイルとリンクしているものなのです。
 人は皆、誰でも新しいものや情報に憧れを持ちます。全くの未知で遥か彼方のものだと認識射程に入らないのですが、身近な新しさには敏感に反応します。何かしら漏れ出る気配を敏感に感じ取り、興味を示し行動に出ます。気になった皆さんが、淡路島に関して調べてみると「色々新しいプロジェクトが、近年動きだしている」という情報が手に入ります。件の先輩経営者の淡路島プロジェクトは、それこそとどまることを知らない勢いで進化を続けています。そんな要素が消費者・生活者に知れ渡るための「閾値」を淡路島というファクトは超えて「気配」になったのだと思います。地方創生はこの「閾値」を超えないと意味がありません。ごく一部の「通」の人に知られているというだけでは、地方創生とは呼びません。そこに共感した多くの一般生活者の暮らしまで引き寄せなければ、そうは呼べないのです。併せて、先ほどの微妙な「距離」感も大事なポイントです。閾値を超えるためにはどちらにも転べる「微妙な」、つまり遠過ぎず、かといって近過ぎず誰もが何となく放置していたエリアが狙い目であるということです。
 そしてその微妙さも幸いし、淡路島はもちろん僕の力ではなく多くの先人の努力の賜物として創生されつつあり、今後5年で大きく様変わりしていくと僕は考えています。この気配をつくり出せるまでの積み重ねが重要です。


写真1 淡路島の関係者のみなさん① 淡路の島菜園の大森一輝さん


写真2 淡路島の関係者のみなさん② 北坂養鶏場の北坂勝さん



移住は人生を懸ける大冒険ではなくなります

 また、いくら話題になり気配ができたとしても、それが希望の未来に繋がらなければ話になりません。
 一時的な観光ブームをつくろうという話ではないからです。
 本当に住みたいと思う街、未来をイメージできる街を計画していかなければなりません。
 それも、行政のみに頼った街づくりではもう限界です。今回のコロナ対策で国も自治体もお金を使うだけ使っています。あれだけ余裕のあった東京都の財政も一変しました。今こそ、民間の力と行政の知見の融合により動く時です。行政も監督者・管理者である発想をそろそろやめましょう。
 民間の力をいかに未来へ繋げられるかという見地からの条例の制定や規制緩和、自治体から政府への提言、さらには特区の活用を今行う時です。
 皆で話し合いましょう。そして万人が万人満足する、共通の考え方などできるわけがないことも把握した上で、それぞれの行政が歴史、地形風土や特性を活かしたオリジナルの方針・方向性を選挙や住民投票を含め住民に問い掛け、指し示し、それに共感する方々が移住を計画し、自治体として受け入れるというタイミングです。これは第4回(8月17日号)で触れたオリジナルの店づくりと同じ発想です。オリジナルであることは奇異を誇ることではなく、環境や状況を最大限活用して、最も進化に適合した独自性を持つことだと思います。まさしくダーウィンの進化論です。少なくともふるさと納税の返礼サービスにおいては、一部の自治体は存続を懸けてその地方の個性を発揮しましたもの。
 そのために、インターネットはこれらの強力な味方です。ITは趣味や嗜好性を共有する見知らぬ人々を繋ぐことができます。住まいを移動しても、人と人とのコミュニティーを再度構築し直して、暮らせるきっかけをつくります。少なくとも隣人が誰かも知らず、あいさつすら交わさない都会の大規模集合住宅より、趣味や嗜好性を共有しそのエリアに興味を持って集う人々とのコミュニティーは、はるかに仲間をつくりやすそうです。

 具体例として、コワーキングオフィスが海岸沿いにあったらどうでしょう? 海が好きな人で週1日だけオフィスに通勤するのみで、残りはリモート勤務できるなら、その海のエリアに住みたくはないですか? 都会に住まいは要らなくなりませんか? 海好きの人にとって、海を見ながらの仕事は発想力も精度も格段に上がるのではないでしょうか? 通勤も月4回往復なら、新幹線や飛行機の利用も工夫すれば可能かもしれません。
 そうなると、移住も人生を懸けた冒険ではなくなります。何より仕事を変えずキャリアを無駄にしないで、自らの志向(嗜好)性に合ったエリアへの移住が可能となるということです。これもコロナがきっかけです。
 事実、我々のスタッフは、喜んで淡路島に移住して来た者も多くいます。

写真3 淡路島の関係者のみなさん③ フレッシュグループ淡路島森農園の森靖一さん


写真4 淡路島の関係者のみなさん④ 森水産の森さん(右端)淡路島の漁港でのセリの様子



一度経験したことは元に戻りません

 またもう一つ、今回の重要ポイントを書きます。
 例えば未だにメディアを通してこういう表現が見られます。「●●業はコロナ以降昨年対比○%ダウン、回復までまだ時間がかかる」
 これは間違いです。もう同じ水準まで回復はしないのです。というか、回復という概念ではない歩み方となるのです。それはもうダメだという絶望の話をしているのではなく、失ったものの回復を待つという発想は捨てなければならないということです。つまり、今回の「コロナ禍」は「ダメージを復旧させる災害」と同義ではなく、ライフスタイルそのものの見直しを迫られている生存環境の変化の一つだと考えるべきだということです。それは〝観測史上初〟の、とか〝毎年起こる数十年に1度の〟というパラドックス(逆説)的な表現を受け入れざるを得ない、気象・天候の変化とそれに伴う対応を迫られていることと同義です。人類が今回のコロナを制したとしても第二、第三のコロナが出現することは想像に難くありません。
 また今まで不可能と考えていた、もしくは想像もしなかった形に変更させられた非常識は、徐々に生活に根差していき常識化します。
 前述のように、深夜の夜遊びは再び隆盛しそうにありませんし、マスクの常用は一定の割合で残っていくでしょう。これらは明らかにライフスタイルというか、習慣のシフトチェンジが行われてしまったということなのだと思います。
 一つ例を挙げます。
 1995年の阪神淡路大震災後に見られたことです。
 もともと兵庫県の神戸・芦屋・西宮にお住まいの方々の多くには、大阪で働き、地元で食事し、遊ぶ神戸・阪神間が大好きと呼べるコミュニティーが存在していました。それが震災により店や場を破壊され、1〜2年後に阪神間の店や場が復旧した時には、大阪で仕事が終わり食べるのも遊ぶのもそのまま大阪でというスタイルが定着し、せっかく復旧した阪神間の店に客足は以前のようには戻って来ませんでした。一度ついた習慣とは個人だけのものではなく、仲間もしくは社会性を共有しながら時間をかけ形成されるものだからです。だからこそ震災という如何ともしようがない事態で、人々はストレスや壁を何とか乗り越えアウェーである新しいコミュニティーやスタイルに入って行かざるを得ず、そこで形成されたコミュニティーやスタイルが定着すれば元には戻らないということが起こったのです。
 今回のコロナにより我々が失ったライフスタイルと重ね合わせてください。感じられますよね。
 もう「ビフォーコロナ」には戻らないんです。携帯電話なしで、もはや我々は一日たりとも心安らかに過ごせないのと同じです。




今がその時です

 そういった前提を踏まえて、僕の進めている飲食をベースとした地方創生もまさしく未来への分水嶺に差し掛かっているという認識に立っています。今、歩みだしましょう!
 今回のコロナ禍を踏まえ、地方銀行も政府・金融庁の指導の下、地元各企業に制度融資を行いました。しかし、先ほど指摘した回復をただ時間の経過の中で待つだけの企業に未来はありません。元通りに回復はしないからです。構造が変わるのですから。
 そこには以前からの融資の中で、抵当に入った物件の回収を行わざるを得ない事態も生まれます。
 ここで怯まず進みましょう。万が一、事業継続の可能性を断たれた企業の経営者もそこで働くスタッフも、新たな地方創生プロジェクトで力を発揮していただければいいのです。地方創生は中央から人とお金が降ってきて進めるものではありません。実際、淡路島で来年の開業に向け我々が検討中の飲食店は、地元の漁師さん主導です。デザインや企画そして、ファイナンスまでも僕たちがお手伝いし、経営はその方々が行うスタイルでできると面白いと思っています。
 過ぎ去った時代にしがみつくのではなく、新たな時代をつくるのです。
 さらに、都心部で飲食店舗を営まれていた多くの優秀な経営者や料理人の方々も、本当にご苦労されています。その方々に淡路島へぜひ来ていただきたいと思っています。
 淡路の豊富な食材で、さらに美味しい、気持ちよい店をつくってくださることで、淡路はさらに良くなります。
 そのためのスペースの開発や、ファイナンスのお手伝いもします。
 今がその時です‼ 動きだしましょう!



都会のままの発想を持ち込むのは違う話です

 また、都会生活を経験した(もしくはそれしか経験していない)方々を多く受け入れるには、生活インフラ(必要条件)の確保のみならず、洗練された社会インフラ(十分条件)も必要になってきます。
 ただし「都会のままの発想を持ち込む」のは違う話です。
 せっかく地方に移住したのですから、「便利だが大きなストレスを生む社会システム」、つまり「消費こそ命の生き方」からの、もっと言うと「効率性のみを追うためには環境破壊を何とも思わない生き方」から脱却していきましょう。
 それは原始スタイル回帰を目指したり、ハイテクノロジーを否定したりすることではありません。むしろ超スーパーハイテクノロジーをふんだんに活用した上で、持続可能なライフスタイル、まさしくSDGsな生き方を目指すということではないでしょうか?
 淡路島に来年オープンするガーデンエリアでは、天然芝を敷き詰める予定です。天然芝は冬枯れるものですが、それが季節感です。人工芝の、想像以上のマイクロプラスチック問題はまだ解決していませんから......。将来はそれも技術により克服されていくのだと思いますが。
 施設内暖房は、基本的に間伐材利用の薪ストーブを使う予定です。子どもたちに火の怖さや扱い方を学ばせることもできます。再生可能エネルギーも可能な限り活用したいです。ペットボトルではなく、紙のテトラパック入りの水も友人が開発しました。ホテルを含め可能な場所で導入します。
 都会で苦悩されている、ひょっとして苦境に陥っている方々にも声をお掛けしたいです。共に地方を面白くしませんか? と。


写真5 紙パックのナチュラル ウォーター「HAVARY'S」



最後に...今日までそして明日から

 また我々の淡路の開発エリアを「Frogs Farm」と名付けようと思っています。海沿いですが、エリア内にある、ため池から用水路にはカエルが多くいます。企画および工事関係者には、開発に当たりカエルの生活を脅かさないでくれと伝えています。コテージエリアでは、カエルの鳴き声がこだましてくれるのではと期待しています。農家の方々とのさらなる連動も進めていきたいです。イタリアで起こった、アグリツーリズモのスタイルも面白いでしょう。
 週2日はオフィスまで車通勤で仕事をし、残りは自宅にてリモートワークをしながら自然と共に過ごすライフスタイル。まずは淡路島でやってみせます。そしてこれを地銀と組んで、日本各地でそのエリアごとにある特性を活かして、まずは我々がカフェやレストラン、宿泊業からスタートし、いずれ物販会社や多くのサービス業者、住宅開発会社を迎え入れていく地方創生。
 2020年、未来への分水嶺を僕はこうして歩んでいきたいと思っています。
 共感いただけるものなら各自治体や金融機関、事業者の方々いつでも声を掛けてください。そして、その街の空気や今は見えないかもしれない潜在している力を感じに行きます。それを感じられた街なら手掛けることも可能です。まずはカフェづくりから、一歩目のリスクを負う覚悟はできています。共に未来の日本を創っていきませんか?
 2020年が後年、「輝く未来を導くためが故の苦しみの年」として認識されるように‼
 6回にわたる連載、長々と駄文にお付き合いいただきありがとうございました。感謝します。

 バルニバービグループ 佐藤裕久